教員の給与は上げてもムダ!?

みなさんこんにちは。現場で毎日子どもと向き合っている教員の皆さん、本当にお疲れ様です。

さて、ちょっとデリケートな話かもしれませんが、今日は気になる研究結果についてまとめます。

イギリスの研究で、「教員の給与を上げても、必ずしも教育の質は上がらないかもしれない。」という示唆がありました。
これは、教員として見過ごすわけにはいきません。
「給与」も「教育の質」も、どっちもむっちゃ大切です。

なお、今年も今年も改正給与法が成立し、国家公務員の給与が上がります。

これに伴って、地方公務員である公立学校教諭の給料も、4月にさかのぼって増額されることになる予定です。
12月になると「あれ?また給与明細届いたぞ!!」と思うアレですね。

目次

その研究で、何がわかったの?

取り上げているのは、Greaves & Sibietaっていう研究者の2019年の論文。ある地域で、教員の給与を5%上げたのですが、政府からの追加予算はありません。つまり、学校は今まで通りの予算内で、高い給与を払わないといけなかったということです。

結果、どうなったのか?
教材や設備への支出を減らすことになってしまいました。非指導関連の支出が約4%も削られました。
その分、先生の欠勤はちょっとだけ減ったらしいですが、生徒の学力に大きな変化はありませんでした。

要するに、「給与を上げたら教員の質も上がる」っていう仮説は、このケースでは成立しなかったということです。

教育ってそんなに単純じゃないよね

この結果、私たち教員にとっては、「・・・だよね。」って話かもしれません。
そりゃあ給与が上がったら素直に嬉しいけど、給与が上がったからといって、教員のモチベーションが上がったり教育の質が上がったりするイメージはもてません。

それに、これだけ「ブラック」というイメージが選考している現場では、給与が上がったところで、優秀な人材が入ってくることも考えにくいです。

実際に働いている私たちは、「頑張ったら給料が上がる!」というモチベーションはゼロです。給与以外の魅力を感じているからこそこの仕事をしている人も多いはずです。

教育って、給与だけでは語れない、そんな単純なものではないよねって、改めて感じさせられる研究でした。

ミクロとマクロで考えてみる

ミクロ(自分のこと)を考えると・・・

あくまでも私の考えですが。
教員って仕事を選んだ時点で、ドカンと給料が上がる未来は期待できません。そして、この研究からも、そんなことをしても教育にはほとんど意味がないことが証明されました。
「お金」だけが働く理由(いわゆる、ライスワーク)だったら、教員は向いていません。

でも、子どもの成長を見守るやりがいとか、授業で試行錯誤を繰り返す営みとか、「お金ではかえないもの」があります。
人生の目的は、お金を稼ぐことではありません。仕事が自分の人生にとって喜びであるといえることも大切です。

給与水準が低いわけでもなく、給与は安定している仕事なので、お金以外にやりがいを感じられるのであれば、魅力的な職業です。

マクロ(全体のこと)を考えると・・・

今、学校現場で本当に不足しているのは、「人手」です。
発達障害や不登校の支援、個別最適な学びなど、それらを実現するためのネックは教員の数です。
実際の問題として、教員1人の給与が上がったところで、1人の教員ができる仕事の量が増えることはありません。

学校で働いている1人の教員とすると、なかなか言いたくないことですが、1人の教員の給与をあげるよりも、その予算であと1人でも学校に教員を増やすほうが効果があると考えます。

クラスの人数を減らしたり、支援員や専門の職員を増やすことで、教員の教材研究や生徒と向き合う時間が増やせるのではないでしょうか。

まとめ

この研究からわかるように、教育に必要なのは教員の給与UPではありません。(教員としては残念ですが・・・)

そう考えると、

  • 私たち教員の給与が大幅に上がることは考えにくい。
  • お金以外の魅力を感じられる仕事である必要がある。

こんなことに気づけます。

そんな特性のある仕事だと言うことを頭に入れておくといいかもしれませんね。

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この記事を書いた人

中学校で英語を担当している、ひとりの先生です。教室や職員室で「これ、ほしかった」と思った瞬間を、そのままコードにしてかたちにしています。

「のばたす」は、場を足す、ということ。学びの場・授業の場・業務の場、その3つに小さな「+α」を足していく場所です。

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