AIは翼か、抜け道か──英語教員が教室で見ている「掛け算」の現実

みなさんこんにちは。

今日は、生成AIと英語学習について、現場で見てきて思っていることを書きたいと思います。

「AIを使えば、誰でも英語ができるようになる」

そう言われて、もう何年も経ちます。確かに、ChatGPTや翻訳AIは、生徒の手の届く場所まで来ました。「AIで個別最適な学びが実現する」「AIで格差が縮まる」という言葉も、教育の世界ではよく耳にします。

でも、ここ数年、現場で生徒たちがAIを使う姿を見てきて、私の中に違和感が育ってきました。今日はその違和感を書いてみたいと思います。

目次

教室で見ている、2つの姿

自由英作文の授業中、教室を回っていると、対照的な2つの姿が目に入ります。

1つ目は、自分で言いたいことを英文にして、それをチャットAIに添削させている生徒の姿です。「ここはこう直すといいよ」とAIに言われて、解説を読んで、自分のノートに戻る。「こんな言い方もあるんだ」「自分はここが弱いのか」と、画面とノートを行ったり来たりしています。

これまで、こういう「自分の英文を直してもらう学習」は、なかなかできませんでした。だって、自分の英文の何が間違っているかを知るためには、わざわざ先生のところに質問しに行かないといけなかったからです。35人、40人の教室で、先生に話しかけに来られる生徒は、本当にひと握りです。よほど意欲のある生徒でないと、できないんですよね。

でも、AIなら手元で完結します。誰にも気を遣わずに、何度でも質問できる。これまで意欲の高い生徒の特権だった「自分のための英語学習」が、AIによって一気に手の届くものになった。これは大きな変化だと感じています。

──ここまで読んで、「AIってすごいじゃないか」と思った方もいるかもしれません。

ところが、教室にはもう1つの姿があります。

机間指導をしていると、「明らかにこれは、この生徒の表現じゃないだろうな」と感じる英文に出会うことがあります。文法も語彙も、普段の彼や彼女の力からは出てこないレベルです。

そういう時、私は声をかけます。

「どうして、この単語を使ったの?」
「この単語は、この文の中でどんな役割をしているの?」

多くの場合、生徒は答えられません。それは、まあ、ある程度想定の範囲内です。問題は、その先です。

その答えを、知ろうとしないんです。

「だって、Googleで調べたらそう出てきたから」

そう言って、それ以上調べたり、考えたりしようとしない。AIに聞いたら答えが出てきた。だから、それで終わり。──そういう生徒が、何人もいます。

正直、私はこの姿に驚きました。でも同時に、納得もしました。

英語が苦手な生徒にとって、自分でゼロから英文を組み立てる作業は、本当に苦痛です。考えても考えても、答えにたどり着けない。そんな時、AIが「正解」を出してくれる。コピペすれば課題が終わる。──そういう「楽な道」が目の前にあったら、それを選ぶ生徒がいてもおかしくないよなと思います。

これは1年生でも、2年生でも、3年生でも起きています。学年の問題ではありません。

私の仮説──AIは「掛け算」だ

こうして生徒たちがAIを使う姿を見続けてきて、私の中である言葉が固まってきました。

AIは、掛け算だと思うんです。

もともと持っている英語力・学習意欲・文法理解という「数字」に、AIという「倍率」が掛かる。だから、ある程度の力がある生徒には、大きく作用する。翼になる。

でも、ゼロに何を掛けてもゼロです。マイナスの状態にAIを掛けたら、英語の学習から逃げる手段が、ただ増えるだけです。

もちろん、AIには「最低限の底上げをする」側面もあると思います。スペル間違いを直してくれる、簡単な定型文を出してくれる、そのくらいなら、英語が苦手な生徒にも恩恵があります。でも、その「底上げ」を超えて、自分の言いたいことを英語で表現する力に伸ばせるかどうかは、結局その生徒の元々の意欲と力に掛かっている。──そう感じています。

世間では、「AIは個別最適な学びを届けて、格差を縮める」と語られています。でも、現場で私が見ている景色は、真逆です。AIは、もともとあった意欲と学力の格差を、増幅していると感じています。

これは、私だけの感覚なのか?

ここまで書いてきて、ふと不安になりました。

自分の教室で見ているこの感覚を、一般化してしまっていいんだろうか。たまたま私のクラスがそうなだけで、他の教室では違うのかもしれない。──そう思って、調べてみました。

結論から言うと、私だけの感覚ではないかもしれない、と思える研究にいくつか出会いました。

たとえば2025年6月、MIT Media Labの研究チームが発表した「Your Brain on ChatGPT」という研究があります。エッセイを書く課題に取り組む大学生54人を、ChatGPT使用群/検索エンジン使用群/何も使わない群の3つに分けて、脳活動を測定したものです。

結果、ChatGPTを継続して使った群は、3つの群の中で脳の神経接続性が最も低かったそうです。そして、回を重ねるごとに「コピペ的な振る舞い」が増えていった、と報告されています。

もちろん、これは大学生を対象にした実験室の研究です。私が教室で見ている中学生の姿と、研究が測っている脳波の変化は、対象も指標も違います。だから「同じことが起きている」とは言えません。

それでも、私の中では響き合うところがありました。「AIに聞いて、それ以上考えようとしない生徒の姿」と、「ChatGPTを使い続けた群の脳の活動が下がっていく」という研究結果。指している現象は別のはずなのに、私の現場感覚は、研究の方向と地続きにあるように思えたのです。

少なくとも、私の感覚は、私の教室だけの話ではなさそうだ。──そう思えただけで、書く勇気が少し出ました。

仮説が正しいとして、私はどう向き合っているか

「AIは掛け算で、格差を増幅する装置である」

もしこの仮説が正しいなら、英語教員として、私には何ができるのか。正直、まだ完璧な答えは持っていません。それでも、今やっていること、試そうとしていることを、3つだけ書いておきたいと思います。

1. 机間指導で「なぜ?」を問い直す

これは先ほども書きましたが、机間指導の中で「どうしてこの単語を使ったの?」「この語はどんな役割なの?」と聞き続けています。答えられない生徒には、その場で考えてもらう。「Googleで調べたから」で終わらせないことだけは、徹底するようにしています。

地味な実践です。でも、生徒に「AIに聞いた後にも、考えるべきことがあるんだよ」と伝える機会にはなっていると思います。

2. 「翼」になっている生徒の使い方を、クラスで共有する

自分でまず英文を書いて、AIに添削してもらって、解説を読んでいる生徒。こういう「翼」になっている使い方は、クラス全体で共有するようにしています。「こんな使い方をしている人がいるよ」と紹介する形です。

ただ、この共有が「抜け道」になっている生徒に届いているかは、正直、よく分かりません。「ふーん」で終わっている子も多いと思います。それでも、種を蒔き続けるしかないと思っています。

3. 評価の問題は、まだ折り合いがついていない

正直、ここがいちばん難しい問題です。

明らかにAIで作られたと思われる英文については、評価から外すこともあります。でも、これは私の主観です。「これはAIだ」と判定する根拠が、私の感覚しかない。これは、評価としては良くないですよね。

本当はペアで音読して、お互いに質問をぶつけ合う、みたいな「対面で確かめる活動」を入れたいです。でも、そのためには、ペアの片方にある程度の英語力が必要なんですよね。両方とも英語が苦手なペアでは、活動として成立しないんです。これが、本当に難しい。

ここは、まだ折り合いがついていません。「明確な正解はまだない」というのが、現時点の私の正直なところです。

同業のみなさんに聞きたい

AIは、使い方を間違えれば、もともとあった格差を増幅する装置になる。これが、現場で見続けてきた私の体感です。研究の側面からも、同じ方向の話が出ていそうです。

でも、教員側が設計を変えれば、AIは「翼」を広げる道具にもなる。「翼」と「抜け道」の分かれ目は、生徒の手の中のツールではなく、私たち教員が組み立てる授業の側にあるのかもしれません。

とはいえ、私の手元にも、まだ完成された答えはありません。机間指導で問い直す。良い使い方を共有する。評価の葛藤と向き合う。──このくらいです。

みなさんは、この現実と、どう向き合っていますか?

もしよかったら、コメント欄で教えてもらえると嬉しいです。一緒に考えていけたらと思います。

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この記事を書いた人

中学校で英語を担当している、ひとりの先生です。教室や職員室で「これ、ほしかった」と思った瞬間を、そのままコードにしてかたちにしています。

「のばたす」は、場を足す、ということ。学びの場・授業の場・業務の場、その3つに小さな「+α」を足していく場所です。

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