「教科担任制」と聞くと、先生が得意な教科を専門的に教える。
そのほうが授業の質も高まり、子どもたちの学力も上がる。
そう考えるのが自然です。
でも最近、そうした前提を揺るがす研究結果が発表されました。
小学校で教科担任制を導入したところ、なんと標準テストのスコアが下がったというのです。
現場で日々子どもたちと向き合っている教員にとって、これは「えっ?」と驚くような話かもしれません。
専門性を高めても、学力は伸びなかった
この研究(Fryer, 2018)は、アメリカ・ヒューストンの小学校46校を対象に、教科担任制の効果を調べたものです。
教員は、国語・算数・理科・社会の中から得意な教科に特化して授業を担当。
制度の目的は「効率化」や「専門性の活用」でした。
ところが結果は、1〜2年後の標準テストのスコアが0.1程度の標準偏差分、低下。
これはクラス内の順位で見れば、約4〜5パーセンㇳも下がる計算です。
さらに、子どもの出席日数は減り、問題行動は増加。
教員自身も「子どもに個別に注意を向けられない」「満足度が下がった」と感じていたそうです。
見落としていた「人との関係」
この結果が示しているのは、「教える技術」や「専門性」だけでは、学力向上につながらないという現実です。
特に小学校では、担任の先生が子どもの日々の変化に気づき、関係性を築いていくことが、学びの基盤になっていた。
これは、非常に大きな意味を持つ事実です。
もし本当に、専門性が高く、教えることが上手な人の授業が最高ということであれば、授業がうまい人の動画や、質の高い教材だけで十分です。
でも実際には、子どもは「先生」との関係の中でこそ育ち、学ぶのです。
関係の中にこそ、学びがある
この研究から私が強く感じたのは、教員と子どもたちの人間関係こそが、学びの源であるということです。
先生方が日々築いている関係、気づき、声かけ、空気感——
それは決して「おまけ」ではありません。子どもたちの成長を支える、かけがえのない土台です。
授業とは、単に知識を伝えるだけでなく、子どもと向き合い、対話し、共に学ぶ営み。
その意味で、教員という存在の価値は、単なるスキルや知識を超えた「関係をつくる力」にあると、私は思います。
まとめ:教員であることの価値を、もう一度見つめ直そう
教科担任制で学力が下がった——
この結果は、教員としての本質的な価値を改めて教えてくれました。
人との関係の中でしか育たない学びがあるという事実は、むしろ私たち教員にとって希望です。
ネットでは、「学校はオワコン。日本で一番上手に教えられる人の動画を見たり、AIに質問したりすればOK」みたいな声をよく聞きますからね。
そういった学校に対するネガティブな意見も理解できる部分はあります。
実際に、私は授業で文法説明の動画を見せていますので。
しかしながら、実際の教育はそんなに単純じゃないですね。
誰かの役に立ちたい。目の前の子どもたちのために何かしたい。
そんな想いをもって教壇に立つ先生方が、日々つくっている関係のひとつひとつが、子どもたちの未来を形づくっています。
どうか、自信をもって、これからも教室という「関係の場」を育てていってください。


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